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『ランドセル』とかくれんぼ、そして激安なんて

それとなくつれづれに『ランドセル』とかくれんぼ、そしてまた激安なんぞについて語るブログでございます、あしからず。

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えいやとランドセル激安を捜しもとめてみては

いっこうに見つからん。
ランドセルの激安をそれはそれは懸命に探索してみたものの、なかなか腹に落ちる激安のそれを見つけることが至難の業であいや困ったもんである。

それはそーと、http://ranyosel.edoblog.net/ てなのをハケン。
いわゆるひとつのランドセルにつき駄文を並べるって、なかなか巧い表現な気がして。
あるんだねぇ。さまざまな表現力をお持ちの御方って。

フェリーデエマイユなる話題は前回もやりますたが、そのランドセルって滅多に激安のところが見つからんのはなぜに?だからこそ、MIWAってところがヤケに目立つのだがハタシテ。

ランドセルのMIWAって、こっちもあったりするね。
此処は旧サイトなんだろか?
ラインナップはモチ、似たり寄ったりではあるもんの、なるほどブログなんかもあって彩りがえらく気に入ったかも。

そういえば全く角度が変わるハナシであるけど、黄砂がすごかったね、昨日。
びゅんびゅんと吹く風に、電車は止まるわ、バスはノロノロだわ、たかだか1時間かからないはずの距離に移動するだけで、ゆうに二時間半もかかって・・・。参りました。
空を見上げると、薄黄色く埃っぽい砂交じりの色合いが全体を覆い、立ち竦むひとの群れに合わせて一種異様な幻想的な世界、否、脱日常的な雰囲気を醸し出してそれはそれで珍しいという具合で悪くはなかったがしかし、強風と砂の多さには閉口したのもまた事実。

中国で発生した黄砂が東京にまで押し寄せるとはお初の体験でございました。
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ランドセルの思ひ出と激安って

もう30年近くも前の話になりましょうか。
私が小学生の頃は毎日背負っておりましたランドセルがなんといっても、最大のコンプレックスだった。

私が持っていたその『ランドセル』はそれなりの本皮製のもので、激安ではなかったらしいが、周囲の同級生たちのクラリーノ!のソレに比すると、張りがなく、ペチャンコで、なんだか格好悪かった。

そのことで同級生たちにちょっとバカにされたようなことも言われたりもしたので、私自身じつのところ、あまりランドセルには激安でないにもかかわらず良き思い出がないのが実情。

それでも、その本皮製の、全然強そうに見えなかったランドセル(なんどもいいますが激安じゃない)は、ちゃんと6年間その役割を全うしてくれた。

実際慣れてしまえばそのコンプレックスもほとんど気にならなくなり、高学年になったら、あまりランドセルがどうのこうのということは言われなくなったのもまた事実。その頃というのはそろそろ意識がいろんなほうに向いてきて、異性のことや芸能人なんかのことも話題に昇るようになるので、身近なことは色褪せてくるというのもあったのだろうか。

当時は中学校でのいじめ問題が取り沙汰されていた時期だったが、今の小学校ではそういった些細なことでもいじめの対象になったりするものだろうか?


時代は流れ、今や~ランドセルのソレはとってもカラフルになった。

昨年の秋口くらいにショッピングモールの一角に何十色ものそれが展示されていたり、テレビCMでも有名な子役タレントがCMをしていたりした。

実際のところ、王道である赤と黒は売れ筋なのかも知れないが、それ以外のカラーのそれも売れているから店頭に出ているのだと思う。

私の持っていたようなペチャンコなランドセルは相も変わらず希少のようだが、色の選択肢が増えたことで、「少数派が格好良い」と思われやすい時代になったような気もしている。

なので、今の時代なら、あのペチャンコというのもまた1つの個性として認められているような気もしている。そうした発想はあってもよかろうかと考えるが、ハテサテいかがであろう。

ランドセルの見える風景

遠い昔の記憶を・・・そう、『ランドセル』とたどる旅・・・チップス的に。


「黄色いカバーとランドセル」

それは交通安全の黄色いカバーのことである。
私の時代は小学 1 年生だけが、この黄色いカバーをランドセルにつけて登校していた。
黄色は夜行色なので、車のライトを反射しやすいという理由で、この黄色が採用されていたと思うが、ランドセルを背負うのは圧倒的に昼の方が多いわけで、その点はもう少し配慮してもらえたら良い気がしている。

「ソプラノリコーダーとランドセル」

小学校の音楽の時間と言えばソプラノリコーダーである。
この楽器は、えてしてランドセルにうまく入りきらないことが多い。
斜めに入れればそれなりに入る可能性はあるが、長さの問題できれいに収まらない。
真っ直ぐ入れたい場合などは、ランドセルのなかの教科書の横に刺して、リコーダーの3割程度が外に出るような細工をしてやらないといけない。

「留め金具とランドセル」

そういえば、ランドセルの留め金具と言えばプラス(+)型のものを思い出す。
金属は磁石になっていて、ピタっとくっついたら金具を回転させて留める。
この留めを忘れると、深く礼をした時に、いわんやランドセルの中に入っていたものが出てきてしまい、ふでばこの鉛筆やら何やらも出てしまって悲惨なことになる。

「かばん持ちとランドセル」

よくドラマのいじめられっ子のシーンで見るかばん持ち。
あれっていじらめらっ子はいったい何個くらいのランドセルを持たされてしまっているのだろうか?
私も幼少の頃にゲームとしてのかばん持ちをやったことがあるが、ランドセルなどは持てても5個とか、多くても7個とかそのくらいだろう。
進む距離は3本先の電柱までとか、短いものだったけれど、あまりのその重さに死にそうに苦しかったのを覚えている。

あれやこれやとフッと思い出す記憶を点綴してみた。
それにしても小学生の時代を振り返るには歳を取りすぎたのかもしれない。それでも、こうして思い出してみると、一寸懐かしい心地に満たされる。

ランドセルを背負ったアイドル

先日の埼玉スーパーアリーナで卒業することを発表したAKB48の前田敦子(愛称:あっちゃん)。

今から3年半前のことになるが、彼女から初めてセンターを奪ったのが松井珠理奈(愛称:じゅりな)という少女~当時まだランドセルを背負った小学6年生~だった。

この『大声ダイヤモンド』のジャケット写真を見ていただきたい。

ランドセルがよくお似合いのころのじゅりなちゃん

これが本当にランドセルを背負っていた小学6年生に見えるだろうか?

彼女は名古屋のSKE48に所属していたが、同じ学年の森紗雪(愛称:さゆ)の方はいかにも小学生っぽい感じの子で、たしかにランドセル姿なんかは容易に想像できる子だった。

さゆは中学校2年生の時に学業との両立ができず、今から2年前にSKE48を卒業してしまったが、本当に可愛い子で、卒業はとても残念だった。

SKE48のランドセル少女はその2人だけではない。

その後、3期生に後藤理沙子(愛称:ごりさ)という子が入った。

彼女は今でもあどけない顔立ちをしているが、やはりランドセル学年でのオーディション合格だった。

今はチームKIIに所属している。

最近では5期生の江籠裕奈(愛称:えごちゃん)と市野成美(愛称:なる)の2人が、ついこの3月まで小学校に通っていた。

今やアイドルがランドセルの学年、つまり小学生であることは珍しくない。じつに驚きである。

しかしながら、最初に紹介したじゅりなのように最初からランドセル離れした、大人っぽい小学生はちょっと思い出せないだろう。

日本一有名なランドセル世代アイドルから、日本一忙しい中学生になったじゅりなも、ようやくこの4月から高校生に進学。

AKB48チームKへのレンタル移籍も決まり、ますます忙しい日々が待っているが、顔立ちが少し大人になった彼女が実のところ、ランドセルを背負っていたなんて頃を思い出せるファンは、今は少数派になるほどAKB48人気は過熱しているようだ。

ちょっとしたアイドル雑談である。